上方遊歩人のクラシックシネマ考

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画『ミツバチのささやき』 〜映画的ということ〜

<<   作成日時 : 2009/01/18 13:04   >>

トラックバック 0 / コメント 0

週末,京都みなみ会館のレイトショーで,ビクトル・エリセの長編第一作『ミツバチのささやき』を観た。
 
1973年作!日本式には昭和48年・・ 先に観た『エル・スール』→感想)より,さらに10年古い。

しかし,とてもそんな古い作品とは思えない。今観てもそのイメージの連鎖は鮮烈である。


**********************

『エル・スール』に比べると,個々のショットやシーンの独自性が強い印象だ。

その分,「映画」としての流れは滑らかではない。ショットやシーンのつなぎもやや唐突に感じるところがある。

ほとんど処女作に近く,それまでに蓄えていた画づくりに対する想いが噴き出したのかもしれない。

これは良いとか悪いとかではなく,作品ごとの個性の問題だ。

独創的な場面を紡ぎだしながら,1本の映画にまとめるというのは,それだけの力量が必要なのだと思う。


**********************

まず,汽車のシーンにこだわりが見える。 

冒頭近く,駅に汽車が入ってくるシーンは,これは明らかに“リュミエール”だが,蒸気がわき上がってプラットフォームの人を飲み込む様子がスゴイ。

さらに,イサベルとアナの姉妹が線路際にいて,遠景から迫ってくる汽車が,いよいよ二人の横を通り過ぎるシーン。

白いうす曇りの空を背景に,巨大な列車の影が,小さな姉妹のすぐ傍を轟音とともに通り過ぎる。その様を,真横からのローポジションで収めている。

まるで光と影が交錯する悪夢のような,その映像的高揚感,スペクタクル感!

申し訳ないが,こういうのは劇場の大スクリーンでしか体感できないと思う。


**********************

そして,『エル・スール』でも繰り返された人が遠ざかっていくロングショット。

地平線の彼方へと続く道を,自転車や馬車で走り去っていくワンショット。

何より見事なのは,丘の上からロングでとらえた“精霊の棲む館”。それを見下ろしていた姉妹が,走り寄って行くシーン。

時間をショートカットして,定点からのオーヴァーラップで見せる。

その映像的叙情性・・ こういう感覚は言葉では言い尽くせない。「映画的」としか言いようがない。


**********************

米ユニバーサルの戦前の怪奇映画『フランケンシュタイン』(あのボリス・カーロフの・・)をモチーフにしていることもあり,映像的なケレンがやや強い。

姉のイサベルが戯れに黒猫の首を絞め,猫に傷つけられ指先に滲んだ血を,鏡を見ながら唇になすりつける。

その何か後ろめたいようなゾクゾク感・・ 子役を使ってこういう官能的情感を醸しだしてしまうのは,ヨーロッパ映画の専売特許だ。


**********************

感心したのは,父母と姉妹の4人がテーブルを囲んでのコーヒータイム(?)

父親が逃亡者の手から戻った懐中時計のオルゴールを鳴らす。ハッとしたアナが父親を見る。

一言のセリフもなく,ちょっと小津作品を思わせるような,厳密な固定ショットで切り返す映像リズム。

静かなうちに緊迫感が滲み出す。こういった映像には最近なかなかお目にかかれない。


あぁ〜,こういう作品は書きたいことが溢れてきて,どうしても長くなってしまう。


ところで,アナ役のアナ・トレントは,先日観た『ブーリン家の姉妹』→感想)で,スペインから嫁いできた年増の王妃役で出演していた。あれから35年,歳はとりたくないものだ・・

取りあえず,今日はこの辺で・・

ブログランキング・にほんブログ村へ  ブログランキングへ 押してってくださいね!


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
映画『ミツバチのささやき』 〜映画的ということ〜 上方遊歩人のクラシックシネマ考/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる